集団リズムとしての心拍(p.120)
無数のミクロリズムの協調から一つのマクロリズムが生み出される一例として心臓の拍動がある。右心房の上部に洞結節と呼ばれる部分があり、ここに約一万個のペースメーカー細胞を含む集団がある。個々のペースメーカー細胞は自律的に収縮を繰り返しているが、細胞ごとに収縮のペースはばらついている。しかし、二つの細胞が接触するとペースを揃えて収縮するようになり、全体が一塊になると単一の強いリズムが生まれる。
揺らぐ心拍(p.124)
心拍はそれほど規則的なリズムではなく、安静にしていても揺らいでいる。これは、心臓が自律神経の強い影響を受けているから。自律神経には交感神経と副交感神経があり、前者はノルアドレナリンという神経伝達物質を放出して心拍数を上げ、後者はアセチルコリンを放出することで心拍数を抑える。このように、肉体運動や精神状態を素早くキャッチして、状況に応じて心拍数を変える機能が備わっている。
興奮現象とは何か(p.125)
心臓の細胞には、少し刺激されただけで一過的に強く応答する性質があり、この強い応答を「興奮」と呼ぶ。
興奮現象は振動現象と密接な関係があり、条件が少し変わるだけで興奮が繰り返しの興奮、つまり周期的変動になる。興奮現象は、細胞膜とそれを取り巻く環境の電気化学的性質に由来する。
細胞は細胞膜をはさんで内と外との間には電位差(外部の電位を基準にして測った内部の電位を「膜電位」と呼ぶ)があり、膜の外側はプラスの電気を帯び、内側はマイナスの電気を帯びている。
膜の内外で電気の帯び方が違うのは、電気を帯びた原子であるイオン(ナトリウムイオンNa+とカリウムイオンK+が重要な役割を果たす)の濃度が膜の内と外では異なる(Na+は外側の方が、K+は内側の方が濃度が高いが、Na+の濃度差の方が大きいため、外部の電位が高くなる)からである。
膜電位が一定の状態で安定している場合、その膜電位を「静止電位」と呼ぶが、他の細胞などから電気的に一突きされると、膜電位に一過的な大変動が生じる。
膜電位が大きく変化するのは、イオンが膜を通して大量に出入りするからである。外部から電気的刺激を受けて膜電位が少し上がると、ナトリウムイオンNa+は濃度が高い細胞外から濃度が低い細胞内に流れ込み、膜電位がさらに上がり、Na+がますます流入し膜電位はさらに上昇する。
やがて、Na+の膜内外の濃度差が小さくなると、このイオンを細胞内に流入させようという力が弱まり、ついで、K+が膜を通して流出し始める(細胞内の方が濃度が高いため)。膜電位が上昇するとNa+と同様にK+も膜を透過しやすくなるが、Na+よりも時間がかかるのでこのような現象になる。こうして、K+が流出することで膜電位が急激に下がり始める(図24)。
膜が興奮すると図24に示すような鋭いピークを持つ電位パターンが現れ、これを活動電位と呼ぶ。細胞の活動電位の持続時間は1ミリ秒にも満たない短時間であるが、心筋の興奮では活動電位は数百ミリ秒も持続する。これは、Na+やK+以外にCa2+が興奮過程に関与するためである。
振動と興奮の親近性(p.131)
興奮を一回限りではなく何度も繰り返すようになった細胞が、ペースメーカー細胞で、これは細胞が振動子として振舞うことを意味している。細胞の性質や環境を少し変えるだけで、振動子になったり、単に一過的な興奮のみを示す基本単位になる。
この性質を位相モデルで表現するには、粒子の円運動は等速度ではなく、ある狭いゾーン(「魔のゾーン」)を通過するとき、はなはだ減速するというモデルを考える(図25)。
減速され過ぎて、このゾーンの手前で止ってしまうのが図25(b)で、この場合、細胞は一過的な興奮を示すのみとなる。一方、図25(a)は、ゾーンの手前で減速されても、ゾーンを通過するだけの速度(これは図24において、静止電位よりも上部にあるしきい値に相当する)が保たれている場合、あるいは手前で停止した場合でも、電気的刺激でポンとひと押しされて、膜電位がしきい値を超えた場合は、粒子は回転を続け、この場合は細胞は振動子となる。
心臓の異常(p.133)
心臓の細胞の内、ごく一部は発振機能を持つペースメーカー細胞で、残りの大多数は自力ではリズムを示せない興奮性細胞であるが、正常な心臓では、ペースメーカー細胞群が送り出すリズムが刺激となって、興奮性細胞もそれと同じリズムで活動するため、心臓が全体として同期する。
しかし、何らかのきっかけで、興奮波が心室のある小部分のまわりを、ペースメーカーからやってくるリズムよりも高い周波数でぐるぐる渦巻きはじめることがあり、心室がこの独自の速いリズムで収縮し、頻脈の症状として現れる1)(下図参照)。
そのままだと命に別状はないが、渦巻き波が引き金になって次々に新しい波が生み出され、心室が全体として時間的にも空間的にも大きく乱れたカオス状態に陥ると、心室細動と呼ばれる状態に移行する危険性がある。そうなると、血液のポンプとしての心臓の機能は失われ、そのままだと短時間のうちに死に至る。
興奮性の場に生じる様々なパターンやその動きについては、1970年代から物理学者や化学者の興味を大いに惹き、この方面の研究は、実験も理論もずいぶん進んでおり、その一例として、ベルーゾフ・ジャボチンスキー反応という化学反応がある2-3)(下図)。
この化学反応は、一見、心筋組織で起こる興奮現象とは無関係に思えるが、ベルーゾフ・ジャボチンスキー反応に参加している化学物質の濃度がどのように時間変化するかを支配する運動方程式が、膜電位の興奮現象を記述する運動方程式ときわめてよく似ているため、多くの研究者が、生体の興奮現象との関連性を意識しながらこの反応の研究を行っている。Reference
- M A Allessie, F I Bonke, F J Schopman: Circus movement in rabbit atrial muscle as a mechanism of tachycardia. Circulation Research, 41(1), pp.9-18, 1977.
- S C Muller et al.: Two-dimensional spectrophotometry of spiral wave propagation in the Belousov-Zhabotinskii reaction: II. Geometric and kinematic parameters. Physica D: Nonlinear Phenomena, 24(1-3), pp.87-96, 1987.
- T Winfree: Spiral Waves of Chemical Activity. Science, 175(4022), pp.634-636, 1972.
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